creepynuts 我らがR指定によるK.U.F.Uにくらった
Live in RADIO EXPO 2020 にて Rhymsterのライブにcreepynutsが顔を出した
そこでR指定がK.U.F.Uというライムスターの最強の曲にのせたラップが強烈だったのよ
西のベストが握るマイクロフォン*1
つなげる9つのアルファベット
R.H.Y.M.E.S.T.E.R
それがR*11指定 俺の名前
よく聞いときな これが俺たちのやり方だぜ
いつでも Aii night*12 long
いつでも起こせるACTION*14
weekday も ウィークエンドもシャッフル*15していくぜ
TBSならこのまま盛り上がっていけますか
はっきりとラスボスの実力を見せられた
さよならたりないふたり
見てすぐ OPEN your eyes*2
スペック高いコレ モテない訳ない
てかそもそも足が長い*3
ブサイクじゃない
ミヤネ屋センスがない*4
あのお二人超お似合い
もう足りないもんなど一個もない
関節取らせはしない*5
よく言うわ
深夜に昼からゴールデン毎日大忙し*6
アイドルとめちゃめちゃいい距離感で
番組出てるじゃない*7
超熱愛報道「いい恋した」*8
若ちゃん、おかえんなさい!
2万人集めたコンビじゃない
でもフライング告知しちゃう
情報解禁日待たない*11
周りの大人たちは胃が痛いぜ
夜中にバスケットしちゃう*13
夜中のジム誰もいない
アメフトのユニフォーム着て
まだシェアハウス*15の人嫌い?
まだモデルにつく悪態
どんなに満たされても
下からまた関節取りたい?
足りないままも捨てがたい
けど幸せな二人も見たい
さよならか?このままか?
さあ見届けろ皆と未来*16
*2:原曲から
*3:若さんだけが褒めるポイント
*5:たりふたで若林が山里の芸風を自分から床に転び相手を油断させて締め上げる関節技のテクニックのようであるといじった。過去のたりふたのライブでは「下から関節山里です 立ち技やらない山里です 山里亮太は関節技得意です」という歌詞がある山里関節祭りが行われた
*6:2019年タレント番組出演本数ランキング428本で7位である
*7:日向坂で会いましょう
*10:オードリーのオールナイトニッポン10周年ツアーで武道館1万2000人ライブビューイング1万人を笑いの渦に巻き込んだ
*11:今回のさよなら足りない二人の公式Twitterで情報解禁日前に発表してしまい大人に怒られる
*13:夜中に一人でスリーポイントの練習をしている。山里から結婚報告があった際にもバスケをしていた
*14:オードリーのオールナイトニッポンでも発言
*16:会場のみなとみらいとかけている
最後に読んだラノベがバカテスな俺が『錆食いのビスコ』を読んだ件について
小学校高学年から高校生前半まではラノベキッズであり毎月電撃文庫の発売日は本屋のラノベのカラフルな棚に足を運び、毎シーズンごとのアニメ表をクリスマスにトイザラスの広告をみるように目を輝かせて見ていた。しかし最近はラノベの棚に行くことも減り、アニメも配信されたものを一気に観ることが多く、ラノベ関係で心を躍らせることはなくなった。本屋に足を運ぶと「このラノベが凄い!2020」が決まっていた。以前までなら「これになったのかー売れてたもんなー」と思っていた。しかし今年に限っては全く知らない本が初の二冠という謳い文句で表紙を飾っていた。なんにも知らない本が世間では人気であることを恥ずかしく思った私は一巻をもってレジに向かった。
ビスコを読んで
ラノベから離れていた私は期待しながらページをめくった。荒廃した世界は錆が原因で困っている。主人公はキノコを使って戦う。キノコは錆から世界を救うものだが錆の原因だと忌み嫌われている。ワイルド系主人公で気持ちがよかったし仲間になりタッグで行動するパンダという愛称の持つお医者さんが男であることにも時代は変わったと思った。男二人と蟹一匹で冒険するのだがこの塩梅がいいのだ。町からでたことがなかったパンダが世界に触れ成長していく。主人公のビスコは師匠以外の人間と行動することで優しさを知っていく。このタッグはグレンラガンの兄貴とシモンを想起させ、熱量でもグレンラガンに負けていない。お互いが持つ知識はお互いに受け継がれ成長していく。旅の目的も師匠とパンダの姉を救う事でありそれも熱い。この本を読んで感じたことはずっと気持ちがよいということだ。キャラクターみんなに魅力があり行動原理が理解でいる。この荒廃した世界で人を動かす原動力は愛なのだ。愛という言葉は広く男女の間だけで交わされるものではない。愛というものに可能性を感じた。
この本を読んで一番の収穫はパンダ君の姉だ。とても良いキャラだ。戦闘能力が高く、自らが愛しているものには強欲である。アカメが斬るのエスデスを思い出した。現代はに生きている私たちはみんな謙虚すぎる。自分の愛しているものにはもっと強欲になってもいいのではと思わされた。
ミルクボーイの面白さが分からなくて悲しい 2019M1感想
またこの季節が来た 漫才師たちの甲子園であり就活であるⅯ1だ。
敗者復活
個人的にはこんな感じ。初めてランキングつけてみて新しい発想や突飛な展開、今までのルールを壊す漫才が好きなことに気がついた。東京ホテイソンと錦鯉は舐めていたらカウンターを食らった。トムブラウン92
— うさ戯 (@motomu0000) 2019年12月22日
マヂカルラブリー90
天竺鼠88
錦鯉87
和牛86
東京ホテイソン86
ダイタク86
カミナリ85
ラランド83
くらげ83
アインシュタイン81
ミキ80
セルライトスパ79
ロングコートダディ78
囲碁将棋75
四千頭身74
決勝
決勝はこんな感じ、一番のニューヨークはかわいそうだと思った。からし蓮根はレペゼン熊本で応援したいしかまいたちは相変わらず最強で誰も勝てないし思ってし和牛は巧みすぎ見取り図はみんなが見取り図を知っていくほど面白くなっていくと思うしオズワルドは間接照明のような明るさですえひろがりずは獅子舞のようなめでたいものを見られたという感想である。インディアンズはアンタッチャブルを超えてほしいと思った。個人的に笑ったのはかまいたちだが好きなのはオズワルドだ。落ち着いたテンポでおかしな発想をしていくという漫才はずっと見ていたいなと思った。オズワルドはM1のような短距離走向けではないと感じた。ぺこぱのだれも傷つかない漫才は素晴らしい、ジャルジャル味を感じられた。みんな面白かったし工夫があったし弛まぬ努力をしてあの舞台に立っていることが伝わってエネルギーを受け取った。かまいたち94
— うさ戯 (@motomu0000) 2019年12月23日
和牛92
見取り図90
オズワルド90
ぺこぱ89
ニューヨーク88
すえひろがりず 84
からし蓮根 83
インディアンス80
ミルクボーイ 80
しかしミルクボーイの面白さがわからないっっ!!まずミルクボーイを非難しようと書いていないことは分かってほしい。ミルクボーイがあんなにウケていて自分が全く笑えなかったことに恐怖した。このままではほっぺを引っ張り泣きながらミルクボーイを見てしまう。まずミルクボーイはリターン漫才と呼ばれているらしく角刈りの内海さんが持つ偏見が面白い部分だ。この肯定と否定を繰り返しワードを引き立たせるこのシステムは発明であると思う。しかしそのワードというのは偏見によるものだが誰しもが思ったことのあることで共感が笑いになっている、いわばあるあるネタである。このリターン漫才はあるあるネタをうまく漫才に落とし込むことができる発明である。ミルクボーイに対して笑えない私は漫才には共感ではなく新たな発想や斬新な目の付け所を求めていたことが解った。
それからミルクボーイは難波風の吹くべしゃり漫才である。べしゃり漫才で優勝したのは2005年のブラマヨ以来ではないか。このことを思い出したときに私はブラマヨのボーリングの漫才でこの世の漫才師でこの人たちが一番面白いのだろうなっと子供心に確信した。ブラマヨとミルクボーイ何処がそんなに違うと感じてしまったのだろう。ブラマヨにあってミルクボーイにないもの、まず一つが会話も中にある可笑しさだ。べしゃり漫才といってもミルクボーイは会話をしない。マッチョが伝聞役でしかないため会話による可笑しさがないだ。ミルクボーイのこれから面白いこと言いますのおぜん立てが好みではないのだ。それからミルクボーイの漫才には裏切りがなくブラマヨには吉田が変なことを言っていたはずなのに小杉がヒートアップしすぎてビンタという伝統芸がある。ミルクボーイはずっとパターンでいて想像つく内容を言われるから面白くない。我は突飛が欲しい!
ミルクボーイがはまらない理由に突飛な発想が欲しいからと述べたがボケである偏見が想像できてしまうが一番の理由だと思った。映画でも漫画でもお笑いでも先がどうなるかと想像しながら楽しむタイプと与えられたものを全力で楽しめるタイプ2種類いる。前者である私はいろいろボケを想定してしまい出されるボケがあるあるネタであるから少し拍子抜けしてしまうのである。私はハマらないがミルクボーイはネタはとても上手でつかみももっと見たいし正直「サイゼリヤ」のネタのねずみ講はロイホで笑った。
こんにちはいいお天気ですね。田島列島『ごあいさつ」
こんなにも読んでよかったと思える漫画は数少ない。さわやかな筆致で描かれる物語は読みやすいのにとても重い。読んだ後田島列島さんはとても優しい方なんだと思った。
ごあいさつ
昼ドラのようなドロドロな話も田島列島にかかればさわやかな夏になる。ドラマのような話は自分とは関係ないことだと思ってしまうが実際には誰もが物語の登場人物である。
私はまだ子供だから関係ない、私よりふさわしい人がやればよいと思い他人ごとにしてしまった場面は人生に何度かある。子供だから、男だから、日本人だからと自ら他人ごとにしてしまっている。「昼ドラなんて土器」なのである。物語はその辺に転がっている。
官僚アバンチュール
もう私も子供じゃないから知ってる、恋愛相談が相談でなんかないことに。恋愛相談は自らの気持ちを鼓舞しているハカなのである。恋する乙女に他人はいらない。相談された側は心配してしまう。恋愛相談は相談された側にはほぼノーメリットである。「心配なんかするなよ」って言われたらそれまでだがそりゃ心配するよ、人間だもの!って思っていると「優しいんじゃなくて基本的に他人の能力を信用していないだけ」と姉からのパンチライン。姉カルマがそこにはいた。確かに他人事は他人事とできたら生きるのは楽だ。でもそれだと関わり合いがない。人間の心配や共感する力は素晴らしい技だ。姉カルマの子のパンチラインに大したアンサーは「早くもう知らんって言える人間になりたい」である。これがsayちょうどいい ちょうどいいー
おっぱいありがとう
昔はあんなにありがたがっていたのに今ではなかったことになっている。偉そうな顔した政治家も目の上ブルーなおばさんもみんなおっぱいをすっていたのだ。人間には大した差はない。大した差がないし大したことがない人間たちでこの社会は成り立っている。しかし世の中は均等ではない一面もある「世の中をくるくる回すってことなのよ。世の中が均等になるように」世の中が勝手によくなることはない。少しずつみんなが行動を起こせば絶対世の中はよくなる。そのためには理解しあうことが必要 その第一歩はおっぱいなのである。私からも言いたい!おっぱいありがとう
お金のある風景
お金がある=幸せではない。でもお金があるに越したぁことはない。「信用って何?自分が損しないためのもの?」人間関係は損得だけでない。損得だけで生きるならお金がすべてである。8000円のドロップキック如く30万円の5円甲冑、完成しても人間の感情は変わっていくものだ。いや変えられるものなのである。感情にはけ口が代替できるのが人間のいいところ。
ジョニ男の青春
人の良さはとっさの時にわかる。
ミサイルとは人によって違う、妊娠発覚がミサイルな人もいる。世代ではない私ははらたいらとは何かを調べた。
花いちもんめ
損得な関係で付き合う人たちの話。愛とは様々な形。本来の愛とはおばあちゃんの無償の愛。追ってけ追ってけ追ってけよ、ほら手と手と手と手。
not found
「この気持ちに当てはまる名前はまだ見つからない」少年はこれから自分と向き合っていく。人は誰しも初めてやることがある。私の話になるが、幼いころ父が足をつっているのをみて足がつった時に私は足をつったと言えるのか心配だった。もしかしてこの前のが足がつったということなのかと思い込んだりもしていた。だが無事中学になり初めて足をつった。そのとき痛すぎて涙が出た。つった時の対処法も何も知らず100パーセント中の100パーセントで喰らってしまったのだ。痛すぎたが「つった」という言葉と体験が繋がった。つったと言えないかもと心配する必要はなかったのだ。きっとこの少年も恋心や片想いという言葉は知っている、だがこれがいつ繋がるかはわからない。反対に繋がってしまってはいけないと考えてしまうものに繋がることがあるかも知れない、例えば同性愛や人から嫌われる性癖とか。それは大人が暖かく見守ってあげようよ。
田島列島「ごあいさつ」を読んで
人が一人一人寄り添っていくこと、少しだけ優しさを持てば世界は良い方向へ進んでいくことが田島列島さんの望んでいることなのかもと考える。粋な会話劇でウィットに富んでいるそんな話。この世界のどこかにこんな人たちがいるんだろうなと思いながら読んじゃう。
この話に出てくる人たちは純粋な人が多い、自分の興味を止められないことは悪いことでない。子供だから良くて大人だからダメなんてこと言いたくないじゃん〜だったら大人も子供にダメって言っちゃダメだよ〜 みんなで優しくしていこうよっていい漫画。やさぐれそうになったらまた読む。
男とは何かがわからん君(あなた)へ 『宮本から君へ』
「宮本から君へ」を観る前にはもう戻れない
宮本という男について
「宮本から君へ」の評判がいいことを耳にして軽い気持ちでドラマを見始めた。このドラマは宮本という不器用なサラリーマンが主人公でその生き方に心を震わされる作品だった。簡単に言えばこんなドラマなのだが簡単ではない。なぜなら他人ごとではないのだから。宮本は多くの人類の中に住んでいて見栄やプライドや立場などによって心の奥深くにしまわれている。この作品に触れてから宮本の存在に気づき自分の中の宮本と会話することが増えた。
「宮本から君へ」ドラマ
宮本はまず恋に悩む。同じ駅を使うとてもかわいい女性だ。こいつがただのくそ女なのである。他人に依存すること他人に居場所を作ることを宮本は許さない。宮本は本当に強くて弱い人間である。*1ワンチャンなんて低俗な言葉は宮本の辞書にはないのだ。
宮本は仕事にも悩む。社会がずるいことは子供でも知っている。しかし宮本は許さない。絶対にずるいことはせずに自分の中の宮本を信じている。そんな宮本はとてもかっこいい。いろんなものが移り行く現代で宮本は自分という絶対に見失わないものを持っている。そりゃかっこいいよ~~
好きなシーンは蒼井優とニケツするシーンとか宮本が海に入るシーンも好きだし女は黙ってろなんて言っちゃう宮本も好き。神保さんも好きだしほっしゃん。も好き。関西弁の柄本も大好き。宮本は自分をさらけ出している。宮本は利益では動かない。そんな宮本の近くにいることができる人は宮本の味方なのである。宮本は敵も作るが味方も作れる。
「宮本から君へ」 映画
やっと話したいことが話せる。映画は恋愛編といっていいぐらいサラリーマン宮本は出てこない。蒼井優演じるヤスコとの結婚までが映画の柱でありとてもつらい出来事が起こる。まじでつっっっらい。ヤスコは強い女性であるが強くならざるを得なかったということかもしれない。宮本はどんな時でも自分を偽らず攻撃的に日々を生きているだからさっきも言ったように敵も作るが味方も作る。ヤスコは賢く生きているため近くにいる人を敵、味方と認識する必要がなかったため悪いやつも近づいてくる。ヤスコは生きにくかったはずだ。
宮本は全員を敵だと思って生きてる。他人も、家族も、恋人も。映画では敵が今日でいな肉体を持って出てくる。それでも宮本kはあきらめない。泥くさくても、ダサくても、カッコ悪くても、ののしられても、笑われても、宮本は宮本をやりきる。自分でこれをやろうと思ったことは何度もあることだろう。筋トレや早寝早起き、悪口を言わないと決めてもすぐにあきらめてしまう。宮本はちゃんと人生単位でやりきる。こんなかっこいい人間がいただろうか。
自分は宮本ではないということ
宮本という生き方にあこがれる でもそれは賢い生き方ではないことが映画を見ていたら誰でもわかる。でもかっけぇのよ
映画は目を背けたいシーンが多くある。家だとほかの作業をしがちだが映画館では逃げることはできないのだ。人生と同じで。
*1:大学生用語 ワンチャンスの意
Aマッソ×金属バット【Aマッソのゲラニチョビ】~キンゾク~
合法覚せい剤×脱法ハーブ
Aマッソと金属バットがコラボした伝説回があるのだ。これは来年の歴史の教科書に載ることが決まっている。ゲラニチョビなんてまあまあの芸人好きしかみないとスタッフも分かっているようで脱法ハーブ*1がいきなりイチャついているところを見せられたら、次は4人が仲良く甘味を味わっているのである。なんの説明もなく一緒に座っている両者。これをトリップと言わずなんという。
小林 さぁ こんなことしててもあれやから遊ぼうや
怖すぎる、負けたほうは指でも詰めなきゃいけない遊びが始まりそうな雰囲気。しかし始まるのはカードを引いてエピソードトークをするという非常にハートフルな企画。だが私たちはいつの間にヤクをキメていたのである。いや、キメられていた。
- 力士が上ったから低い天井
- 14歳の七五三
- やかましいわぼけで濡れる男の蜜壺
- 20歳超えての初恋で取り合った丘の上の女の子は結局いやらしい形の木
- 友保を寝かしつける小林
ありえない出来事が飛び交う。8分30秒が一瞬の出来事、小学校の体育の時間より早く終わるのである。この記録は来年のギネスに載ることも決まっている。
金属バットの面白さはただ面白いのである。ただ甘味を食べているだけで面白いし、二人が仲良くしているだけで面白い。これは二人が常に金属バットであるからだ。金属バットは面白いことしか言えない呪いをかけられてしまって姿も変わりプリンセスからのキスでイケメン王子に戻れるのではないかと思えてくる。これを見てしまったら金属バット中毒になってしまうことは自明の理である。見ることはお勧めしない。だがこんな駄文を見に来ているお客様なんてどうせシャブやっているに違いない。みんなでキメて盛り上がろうぜ!! オラあっしゃ!!
*1:ここでは金属バットの意